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- Chef's Voice
ミシュラン三つ星「カンテサンス」岸田周三シェフの繋ぐ未来【後編】

目次
フランス料理の魅力とは
― 次の質問に移らせていただきます。
若い人たちにもっと料理人を目指してもらえるような料理業界にしたい、そのロールモデルとしての役割を果たしたい、ということを常々おっしゃっています。
では、若い人達にフランス料理の魅力を一言で伝えるとしたら?と以前行った質問に、「フランス料理はクリエイティブな料理。より自由で、より個性を発揮できることが魅力です。」とご回答いただきました。このことについてより詳しいお話をお聞かせいただけますか?
料理には様々なジャンルが存在しますが、僕は日本人なので和食や鮨なども良く食べに行くんですけど、日本の料理って非常に完成度が高いんですよね。
ある程度研究し尽くされた部分があって、一方でそれっていうのは、セオリーもある程度まで決まってくることになります。鮎はやっぱり塩焼きでしょ、とか、マグロはお鮨で食べたいよね、とか。
研究し尽くされたものというのは、答えに辿り着きやすい一方で、自分だけのオリジナリティを出すのが難しいジャンルの料理になると思うんです。
それに対して、フランス料理というのはまだまだたくさんの可能性があると思っていて、どんな挑戦もみんな受け入れるだけの許容のある世界なので、大きなクリエイティビティを発揮できて、自分だけの成功というのがまだ残されたジャンルだと言えると思うのです。
そこがやはり一番楽しい部分で、誰もやったことがないけど僕はこういうことをやってみたい、と挑戦することを受け入れる土壌があるのはすごく良いことで、もしかしたら料理業界の歴史の中にまだまだ自分の名を刻めるだけのポジションが残されているかもしれない、未開の地だということを思います。
― “フランス料理”というからには、何か軸となるものや定義があると思うのですが、そのようなことはないのですか?
それはね、日本人の発想なんですよ。日本料理というのは、そういうのがきっちり体系立てて作られていますから、フランス料理はどうなったらフランス料理なの?と考えますよね。僕もそう思って、それを自分の目で見てみたい、と思いフランスに学びに行ったのですが、驚くことにフランスにはそもそもそんなものは存在しなかったんです。彼らは、俺が作るのは”俺個人の料理”だ、と。
逆に言うと、何でもあり、というのが彼らの発想で、それは島国である日本と大陸続きのフランスとの違いだと思うんですが、彼らは他国との文化の交流が当たり前で、国境を歩いて渡れてしまうので、たくさんの文化が混ざり合うことが大前提になった歴史がある。それに対して日本は島国なので、外国と自分の国というのが明確に分かれていますよね。
フランスに行って本当に驚いたことなんですけど、隣国同士の結婚や、移民の受け入れなど国籍が混ざり合うことで、そもそも純粋なフランス人の国民の割合が大変少ないのです。というのと同時に、これがフランス料理だという定義も存在しない。料理に国境なんて分ける必要あるの?これは国の料理ではなくて、僕個人の料理だ、というのが今のフランスの料理人の考え方なんです。
“フランス料理”という場合は、古典的、伝統的な料理のことを指していて、そういう意味でも彼らは俺の料理はフランス料理じゃないよ、と言うんですね。
日本でフランス料理として浸透しているのは、1970年代から80年代にかけてフランスで修行して持ち帰ってきた方々の当時のスタイルが日本人にとって初めて体験するフランス料理だったので、その当時のものが本物のフランス料理だと思われていますよね。
でも、その本物のフランス料理が今のフランスにはほぼ存在しないんです。日本人は歴史や伝統をすごく大事にするので一つの型が受け継がれ根付いている、お鮨と言えば昔も今もご飯の上に魚が載っているんですけど、フランスの古典料理で、昔お皿の中央にお肉が載って、その周りに浸るくらいのソースがかかっている、というスタイルがあったのですが、それもう古いよねって、今の彼らは平気で捨てちゃうんですよね。
変わることに恐れを持っていない。変わることがそもそも当たり前という考えがフランスの料理で、2000年代の今は80年代の料理なんてもう誰もやってませんよと彼らは言うのですが、びっくりすることに本当なんです。あ、捨てる事や変わることに全く躊躇がないんだな、ということは僕にも驚きです。
ただ、僕はそれはもったいないと思っていて、僕自身はフランス料理にすごく拘りを持っています。古典のフランス料理の進化した場所に僕は存在する、そのような位置付けでいます。
フランス料理は、料理界で一番だった華々しい時代というのが存在して、その絶頂期が1980年代から90年代だったんです。それを簡単に捨てて、全く違うものを作ってこっちの方が良い、と急に言い出すのは、エポックメイキングなことをしたいという彼らの性質もあると思うのですが、僕は古典のフランス料理を捨てず、先人たちの歴史とか知恵とか、積み上げられてきたものの進化した先に、残すべき部分と削る部分を精査しながら僕のフランス料理を築いています。
岸田流 スタッフ育成法

― フランス料理は自由でクリエイティブな料理、と語られながら、フランス料理そのものに拘りを持ち続けていらっしゃる岸田シェフのお考えが良く伝わりました。
今回、料理人を目指す若者が増えて欲しい、という想いをテーマにお話を伺っていますが、もう一つ注目する点として、現在、岸田チルドレンとも称される、カンテサンスでの修行を経て、独立して活躍されている料理人がたくさんいらっしゃいます。これだけ多くの優秀な料理人を輩出されている背景には、岸田シェフならではの教育の理念や、強い想いがあるのだと想像しますが、具体的な指導方針や、実際の指導方法など教えていただけますか?
これは説明すると長い話になるのですが(笑)、なるべくかいつまんでお話しますね。 基本的には料理はまず人間としての素養というのがすごく大事だと思っていて、学ぶ姿勢を持っている人かどうかなど、最初の人選はすごく大事にしています。
18年間ずっと僕が直接面接をして来て、入社前にかなり細かくお話を聞きます。彼らが何を考え、僕の店に何を求めているのか、また、僕の店の考え方もお伝えして、噛み合う方しか入社してもらっていない、ということがまず一つ目のとても大事な部分です。
その後は、料理というのは本当に際限がないのですが、現場でかなり細かく指導はします。今までの店では違うかもしれないけど、僕の店ではこうですよ、と。
料理の手順も指導するのですが、どちらかと言えば考え方ですね。キッチンの中には、前菜、肉、デザートなどカテゴリー毎に担当は立てているんですけど、最終的にはその担当一人ひとりと僕がマンツーマンで話し合って進めていくので、企業拡大できるようなシステムではないんです。それで僕は1軒しかお店をやってないのですが。
僕が今日デザート1個考えた、という話だったらデザート担当の人を呼んで、僕が考えたものを教える。作り方のポイントはいくつかあるよ、いろいろ研究した結果、こういうこともわかった、ここの部分を外さないようにして、という話をして、彼に技術を全部教えて作ってもらい、出来上がったらチェックする。それが出来たら、次は前菜の担当の人と、みたいに順番にやっていくんです。
このように、提供する料理全てに僕が関与して、みんなとマンツーマンでやっていくので技術が失われない、ということと、あとは確認作業を細かく行い品質管理を徹底しています。そのようにして常に技術や品質のレベルを落とさないようにしています。
でもシェフって本当に忙しいので、こういうことを最初から丸投げしたり、もしくは完全に同じことができるようになるとその人に全部任せたりしたくなるものなんです。ある程度手放しでやってくれた方が負担を減らせるので。
ただ完全に任せちゃうと、その人がいなくなった時にロストテクノロジーが起きてしまう、それは僕が修行時代のレストランで僕しかパンを焼けなかったというのと同じなんです。僕だけが学んできたこと、僕しかできないものがあったとして、大事には扱ってもらえるんですけど、じゃあ僕が辞めるとなると大騒ぎになるわけです。急いで引き継ぎはするんですけど、技術というのはそんなに簡単に手に入るものではないので、結局僕が辞めた後は、そのパンの技術は失われてしまったんですけど。そういうことを僕自身も体験してきたし、見てきたので、僕はそういうことは起こらないように、僕が技術を産んで、その技術全てを自分が持って、同じことができるように一人一人指導していくっていう方法をずっと繰り返しているんです。
そのように、カンテサンスに入ってきてくれた人たちを自分なりに指導して、独立して行く人もいますけど、彼らがシェフとして頑張って活躍している姿を見るのは嬉しいですね。
今最も伝えたい事、水産資源の危機的状況を多くの人に知ってもらいたい

― 具体的な教育の実践法を教えていただきありがとうございます。スタッフ育成を通じてレストランのサステナブルな形を既に実現されているのだなと感じましたし、長年にわたりミシュラン三つ星を維持され続けている理由がそこにもあるように思いました。
岸田シェフは、料理業界の未来のために、若い料理人の育成にご尽力されている一方で、水産資源の保護活動にも力を入れていらっしゃいますね。改めて、今、水産資源がどういう状況にあるのか、またそれに対する想いや読者へのメッセージをいただけますか?
そうですね。僕は今、「シェフズ・フォー・ザ・ブルー」という一般社団法人に所属して、代表の下に4名在籍する理事の1人として活動しています。
実際に、水産資源は今間違いなく減っている、そして問題なのは、減っているだけではなく品質も落ちているということなんです。漁獲量と品質のピラミッドがあるとしたら、その一番高い位置にある高品質の魚を僕達のレストランでは使っていたんですが、そのピラミッド自体が小さくなっているので、量が減っていると同時に品質も下がっているんです。
僕たちのようなハイエンドのレストランにとっては、食材の品質レベルを保てないことは死活問題になってくるんですが、毎日拘りをもって食材に触れながら細かく見ている僕たちにしてみると間違いなく年々悪くなっていて、今、本当に大変な状況に直面しています。
ですから水産資源を何とか守らなければいけないという想いで、この「シェフズ・フォー・ザ・ブルー」を通して活動しています。
あらゆる食材の中で水産資源の減少に特に危機感を感じているのは、水産物は天然資源で、一度失われてしまうともう取り戻せないからなのです。
ほとんどの魚は、1970年代からこの50年間の間に急激に減っていて、今日の日本の漁獲量はピーク時から3分の1以下にまで落ちていますし、ここから先は更に加速的に減って行くと見られています。
一定の量まで魚が減ると雄と雌が出会わなくなってしまう、卵が産まれなくなりますから、そこまで来てしまうと、絶滅というのはもう待ったなしの状態になります。
そうならないためにやっぱり水産資源というのは一番手をつけなければいけない部分だと思っているのですが、本当にどうしたら回復させられるのか大変難しい問題です。
実践的で有効な対策、解決策というのは、残念ながら、まだ答えが出ていない状況なんです。
日本の海を良くしましょう、水産資源を増やしましょうというのは、国家レベルの大きな話になってくるので、僕たちができることって本当にあるのかっていう部分はあるんですが、少なくとも僕たちじゃ無理だからやらない、という選択肢もなくて。
やらないわけにはいかない。僕たちが持っているものがあるとすれば、それはやっぱり人々への影響力だと思っていて、たくさんのお客さまと繋がっていますし、たくさんのメディアが僕のことを取り上げてくれる。力はなかったとしても、声を上げることはできて、それを取り上げてくれる人が存在する。なので、僕たちが最初にやることというのは、まず、日本でこんなに水産資源は危機的な状況なんですよ、ということを声を大して発言して、それを皆さんに伝えることだと思っています。
僕も勉強してるし、皆さんにも勉強してもらいたい。その中でいい解決方法が出てくるかもしれないし、この活動を続けることによって、もっと大きな力がもしかしたら国を動かしてくれるかもしれないし、国が動いてくれなかったとしても、力を持った人たちが僕たちの活動に興味を持って、一緒にこの活動に取り組んで行きたいと言ってくれるかもしれない、そう希望を持って取り組んでいます。
僕自身も飲食店で食事をすることがすごく好きで、休みの日は決まって外食するんですが、日本の食のレベルって、世界を見渡してもこんな高い国って本当にないと思います。それはやっぱり水産資源や、農作物、畜産などの素晴らしい食材に僕たちが支えられて実現できていることで、「どこどこの店の何が美味しい」なんて話を今は何とかまだできていますが、ここから先それが、「なんか昔のような感動がないな」というふうに思い始めることを容易に想像できるんです。
だからこの活動は、やめるわけにはいかないんです。
共に取り組むサステナビリティへの想い

― 食材の資源を守っていくことは、料理業界の方々に限らず、私たち一人ひとりの食生活にも密接する重要な課題ですね。この記事を通じて、岸田シェフのメッセージを一人でも多くの方に届けられたらと思っています。
サステナビリティはネスプレッソにおいてもブランドの主軸となる指針です。現在まで、コーヒー豆生産地での生産者さんとの持続可能な農法の推進や、現地コミュニティーの生活支援、商品生産工場でのクリーンエネルギーの使用と最適化、消費国での使用済みカプセルのリサイクルなど、様々な活動に取り組んで参りました。カンテサンス様にも、2017年にネスプレッソ プロフェッショナルをご導入いただき、使用済みカプセルのリサイクルは日本でスタートした直後の早い段階からご協力いただいていますが、そのようなネスプレッソの取り組みについてどのような印象をお持ちいただいていますか?
ネスプレッソって、アルミ素材で個装されたカプセルになっているので、これって環境的にどうなの?と思っている人は一定数いると思うんです。それに対してもきちんと考えられていて、使用済みのカプセルを全てリサイクルするために、回収用の包材キットを毎月送ってもらっています。そのキットに使用が済んだカプセルを入れて、ネスプレッソさんにお返しすることで、アルミパッケージと中のコーヒーかすが分別され、再生アルミ素材と培養土や堆肥へそれぞれ再生されるという、独自のリサイクルシステムを作られているんですが、美味しいコーヒーを提供することは当然ながら、その後のことまでちゃんと考えてくださっているというのが素晴らしいと思っていて。僕達もSDGsなど最近になって聞くようになって、そのようなことにもっともっと取り組んでいかなければならないなと思っている中で、ネスプレッソさんは遥か以前からそのようなことに取り組まれていらっしゃるということは本当に素晴らしいと思っています。
最後に ― フランス料理の継承者としての想い

― ありがとうございます。
今回は本当にたくさんの興味深いお話をお聞かせいただきありがとうございました。
岸田シェフが料理業界の最前線を長い間走り続けられている理由が理解できたような気が致しました。そして今もアクセルを緩めず、業界のトップリーダーとしての使命感と、フランス料理業界への恩返しとして、業界の明るい未来のために全力で取り組んでおられることに感銘いたしました。多くの方が、岸田シェフの言葉に刺激と勇気を貰えたのではないかと思います。
こちらこそありがとうございました。
現在、フランス料理より鮨や和食、中華が話題になることが多い状況だと感じています。フランス料理ってなかなか以前のように注目されなくなってきているんじゃないかと思っていて、それが僕にはすごく歯痒くもあるんです。
でも先程お話した水産資源の問題など、食を取り巻く環境が変化している現状で、これからはもう素材に頼った料理というのはなかなか成立しなくなってくると思います。今までは、この素材に塩振って焼いたら美味しいな、みたいなものってたくさん日本にあったんですけど、それがもう成立しなくなってきた時代においては、やはり技術だったり知識、アイデア、そういったものが明暗を分ける大きなポイントになってくると思います。
それが一番生きるのはフランス料理だと思っているんです。
料理の腕が必ず問われる時代になる。僕は今、自分の持っている知識を引き継いでいく部分も必要だと思うし、一方で、昔からやってるこの方法が最高なんだと言い切ってしまうと成長が止まってしまいます。
ですので、僕も常に自分の先輩達や、今まで料理業界を築き、積み上げられてきたものは大事にはしているんですけど、でももう1回、本当か?と疑いを持って仕事をしています。
もっといい方法があるんじゃないの?っていうことを常に考えながらやっている。
そういう意味では僕はフランス料理を大きく変えてる側の人間かもしれないですけど、それは新しいものを作っているんじゃなくて、これまでのフランス料理を進化させることで、もっと素晴らしいものに発展させて次の世代へ繋いで行きたいからなのです。
それがフランス料理の継承者としての仕事だと僕自身は思っています。そのために、僕は今日も、明日もキッチンに立って、ご来店くださるお客様のために全力で料理を作り続けて行きたいと思います。
以上、レストラン、ご自宅共にネスプレッソのご愛用者である岸田周三シェフへのインタビューを通じて、氏のトップシェフに登り詰めるまでの軌跡やそのお考え、フランス料理への想いや今後の展望に至るまで詳細のお話をお伺いすることができました。
インタビュー内でも触れたネスプレッソのサステナビリティへの取り組みはこちらのサイトで詳細をご案内しております。詳しくはこちら
ネスプレッソ プロフェッショナルは、食のプロフェッショナルたちを応援すると共に、レストランでご利用いただくお客様のあらゆるニーズにお応えすべく、今後もご満足いただける品・サービスをご提供できるよう更に取り組んで参ります。
ご導入をご検討いただける際はお気軽にご相談をお待ちしております。
※動画内に登場するカンテサンス様でご使用いただいているコーヒーマシンの詳細はこちらよりご参照頂けます。
レストラン カンテサンス 詳細情報

CHEF PROFILE
「カンテサンス」オーナーシェフ岸田周氏
1974年生まれ。愛知県出身。
三重の志摩観光ホテル「ラ・メール」や東京のフレンチレストランを経て2000年に渡仏。
各地のレストランで修行後、2003年にパリ16区「アストランス」でシェフのパスカル・バルボ氏に師事、翌年同店のスーシェフに就任。
帰国後、2006年に「カンテサンス」を開業、2013年に現在の品川区御殿山へ移転。
2007年、「ミシュランガイド東京」初年度2008版において最年少で三つ星を獲得、その後現在まで三つ星を維持する。
レストラン カンテサンス
メニューは素材の持ち味を最大限引き出すことを重んじた「おまかせの1コース」のみで、旬の素材により、メニューの内容はたえず変化する。新しい形の「キュイジーヌ・コンテンポレーヌ(現代的な料理)」を創造するとともに「次世代のスタンダード」を目指す、フレンチレストラン。
公式ホームページURL:https://www.quintessence.jp/